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詩子母さんのアルバムメモ: はでかけ米の風景。田舎でも今はこういう事をしなくなりましたね。トラクターで刈り込んでしまいます。
はでかけ米とは、竹や木の竿に稲穂をかけて自然乾燥させることで、天日をいっぱい浴びて、手間と時間をかけられた昔ながらの農法だということです。こうして天日で自然乾燥されたお米は、ほんのり太陽の香りがして、たいへん希少価値があるそうです。
確かに今では珍しくなっているかもしれません。わたしは子供のころ、こうして天日干しされている稲穂を見て、どうして早く収穫したものを、しまっておかないのか不思議に思ったことがありました。田舎の人はつくづく暢気だなぁと、田舎の子供でありながら、当時のわたしは、そこにそんな自然の恩恵と先人の知恵があることも知らず、子供時代を過ごしたのでした。
それより子供には、こんな風に干された変わったインディアンのテントのような稲穂に、異常に興味を覚え、そこで戦争ごっこやいたずらをして、農家の方々からとっても怒られたことの方が記憶に強く残っています。
それはそうですよね。農家の方々からすれば、大切な生計の元であり、日々の食料なのですから。
詩子母さんのアルバムメモ: ひがん花の咲きみだれるあぜ道
彼岸花も、今のわたしの生活では、こんなに多く見ることは珍しくなりました。子供の頃には、お墓の近くで目にしたことや、毒の花として大人に注意を受けていたため、非常に印象の悪い花でした。
この毒性の強い彼岸花が、なぜお墓や田畑のあぜ道に多く見られるのか、やはりそこにも先人の知恵があり、お墓の死体や田畑の農産物をねずみやモグラ、虫などに荒らされないために、彼岸花に含まれるアルカロイドという毒を嫌って避けるように、植えられたとのこと。セキュリティ植物だったんですね、彼岸花って。
食べ物に事欠いた第二次世界大戦中は、食用とされたこともあるそうですが、これはあくまでも万全な知識と処理の元、調理されるべきて、食べ物に事欠かないわれわれ現代人は、絶対に真似してはいけません。
詩子母さんのアルバムメモ: 減田に放牧された牛さん。美しいコスモスの中でのんびりと。
ここ秋芳町でも過疎化が進み、人口が増えることはなく、それに伴って農家が減少する傾向にあります。のんびりと牛が放牧されて、のどかな光景なのですけど、実はたいへんさびしい一面を表しているです。
美しさと寂しさ・・・・、農業だけのお話ではなく、ポジティブや要因とネガティブな要因を併せ持つということは、あらゆる事に当てはまることなのでしょう。
流通経済の発達に伴い、地米を食べず、遠く運ばれた来た海外のお米を、冷凍食品などを介して食べることが普通になったわたしたちの生活は、「発達した流通社会からの恩恵」というポジティブな要素と、「根付いた地元農産業の衰退」というネガティブな要素を抱え、はたして生活全体としての充実感と豊かさのバランスは、昔よりレベルを上げることが出来ているといったら、疑わしく思えるのが事実ですね。
詩子母さんのアルバムメモ: 心の古里、我が家です。
いつの間にか、駐車場の屋根の張り出しが作られていて、送られてきた写真を見て、ちょっとびっくりしました。
ここでわたしは生まれ、幼年期、少年期を過ごし、都会へ飛び出していったわけです。
実家は大きく、いくつもの部屋があり、その時その時をいろいろな部屋を自分の部屋として過ごしました。写真から見える窓辺の向こうの部屋に、さまざまな想いが浮かび上がってきます。
あれだけ膨大に思える何もすることがなかった少年期を、いったいわたしはどのようにして過ごしたのか、今では不思議にさえ思えるのでした。
詩子母さんのアルバムメモ: 車庫完成。
わたしが知らない間に建てられた車庫です。たいへん父らしいしっかり車庫です。
しかしいつものことなのですが、普通のプラスチックのサンルーフがついた車庫ぐらいでは満足できないところが、いかにも父らしいのです。
きっと台風や大雨の災害がある度に、うちはどうだ!大丈夫だろ!と自慢している代物に違いなく、こうして実家の住まいは、増改築されていくのでした。壁を付けると、立派な倉庫になりますね。次は何が増築されるのか、ちょっとドキドキしてしまいますが、これも父の楽しみの一つで、わたしも城を持ちたい身分としては、わからないでもありません。
詩子母さんのアルバムメモ: 新米入荷。
お米の販売も行っています。山口県秋芳町は、カルスト台地のカルシウムとミネラルをいっぱい含む、名水百選の湧き水に恵まれた名水所ですので、自然といいお米がとれるのです。
近くの付き合いのある農家から、こうして1年の商いで必要なだけ、どかっと買い付けて倉庫にしまいます。そして5kgや10kgごとに袋詰めをして売ったり、自宅用のお米にしています。
精米も倉庫でしています。あまり農薬を使用せず、しかも精米して袋詰めするまで、ほんとに精米しかしていませんので、夏の袋詰めされたお米には、虫が湧きます。わたしも実家から送られてくるお米の虫には、すっかり慣れました(笑)。
夏以外は大丈夫なのですが、夏になると袋の中で、うねうねと這い回るので、妻はそのたびに驚いて声を上げています。白い芋虫のような感じで、糸を吐き、別に噛み付きもしないし、べとべとと変な汁も出さないので、恐れるにあたらないと思うのですが、見た目を裏切ってかなりの勢いで壁を這い回る、活動的なやんちゃ坊主です。
そのままほおって置くと羽化して、小さな茶色の羽虫になるので、飛び回るので捕まえるのが難しくなり、非常にモダンなリビングに似つかわしくない存在となり、いささか捕まえるのがたいへんです。
ともかく虫に好かれるほど、おいしい健全なお米というわけです。
詩子母さんのアルバムメモ: 宅急便の受付所。
昔まだわたしが子供の頃、店舗に使用していたスペースを、現在秋芳梨の販売所兼、宅配便荷物の受付所としています。
少し前までごちゃごちゃしていたところだったのですが、父が一念発起して片付けたようです。
わたし個人としては、対面式で物流を扱うことはないのですが、人の息遣いを感じながら、商売をする素晴らしさは、実家にいたころ肌身で覚えているつもりです。
父や母が近所の馴染みの人と、活気あるかけあいをしながら商売していたのを、明るい日差しのイメージとともに記憶しています。いまでは随分とそういった賑やかさが減っているようです。
詩子母さんのアルバムメモ: 我が店の梨売り場。お客さんが物色中。
梨売り場の様子です。箱積みされた秋芳梨は、ここから全国へ旅立っていくのです。お客様も一生懸命、梨を選んでいます。
宅配便の受付所が、8月下旬から9月中旬まで、このように梨の箱一色で埋め尽くされてしまいます。
どことなく梨の生気と香気で満たされて、受付所は嫌が上でも活況をあおるかのようです。毎年御馴染みのお客様の顔を見ると、父も母もうれしさに顔がほころびます。
父や母が言うには、過疎化が進み、そんなお馴染みさんが毎年毎年少なくなっていて、それに反比例するかのようにネット販売の実績が伸び続けています。時代の流れと一言で片付けるには、わたしたちが失うものが大きすぎる気がします。
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