梨の販売・通販

−おいしい二十世紀梨・新高梨[ 山口県秋芳町特産品 ]をネットで産地直送通販ショッピング「梨世紀」
秋芳二十世紀梨の通販サイト
秋芳二十世紀梨販売サイト「梨世紀」http://74seiki.net/ 二十世紀梨
山口県秋芳町特産
二十世紀梨・新高梨 産地直送通信販売
あまくておいしい梨 季節の旬の果物
秋芳梨 産地直送 秋芳二十世紀梨品種について特徴・歴史の説明 梨販売ショップ 梨世紀
秋芳二十世紀梨は、「梨世紀」サイト運営者の息子と実店舗運営者の父がまごころこめてお取り扱い致します。 贈答・ギフト・お土産にも最適な秋芳二十世紀梨  「梨世紀」サイトで取り扱ってお
ります、山口県秋芳町特産品の秋芳二十世紀梨をご
紹介・ご説明いたします。
名実ともに日本一おいしい秋芳二十世紀梨
梨の通販は「梨世紀」サイト。 二十世紀品種の特徴 おいしい果物・梨がお好きなお友達に「梨世紀」サイトを教えてあげてください。
秋芳二十世紀梨は、第50回全国農業コンクールでの農林水産大臣賞の栄誉に輝いています。
 二十世紀交配種は、台木に接いだ苗木だと3年目より、接木では翌年から果実をならせることができます。

 この二十世紀という梨ですが、自家受粉しないため、他の品種の花粉で人工授粉させて、果実をならせます。(おさ二十世紀・おさゴールドを除く)。
 したがって、二十世紀梨から種を取り、植え、育て、果実が実ったとしても、それは二十世紀梨とは違った梨になるのです。
 二十世紀梨の樹木は、台木に接ぎ木したり、他の品種の木に接ぎ木することで、同じ形質のものを増やしています。

 二十世紀梨は、素晴らしい高級果実として、鳥取県内から急速に広まりました。
 しかし黒斑病(こくはんびょう)に弱いという性質を持っていたために、幾度とない打撃を受けました。
 全国でも各地に普及しましたが、愛媛県、愛知県、静岡県等、これらの県は黒斑病を理由に栽培を断念してしまいました。

 その後の改良で、黒斑病に強い性質を持つ「ゴールド二十世紀」、そしてそれに自家受粉できる「おさ二十世紀」をかけあわせて作られた「おさゴールド」が誕生しています。

 現在、この品種の生産量は、鳥取県が日本一であることが知られています。
 しかし秋芳二十世紀梨も負けていません。当サイト『梨世紀』で扱う二十世紀梨は、美味しさ・品質で名実ともに日本一とされる山口県秋芳町特産品の「秋芳二十世紀梨」なのです。
山口県秋芳町より秋芳二十世紀梨を産地直送。
梨の通販は「梨世紀」サイト。 二十世紀梨品種の歴史
秋芳二十世紀梨は、第50回全国農業コンクールでの農林水産大臣賞の栄誉に輝いています。
 さて今度は二十世紀品種のちょっと謎(?)から始まる、その歴史を見てみましょう。

 この二十世紀梨は、なんと千葉県松戸市のゴミ捨て場で生えているところを偶然発見されたものなのです。そのため親の品種は、いまでもわかっておりません。
 平成16年(2004年)には、二十世紀梨が鳥取県に導入されて100周年となり、各関連団体でセレモニーが開かれました。

 この品種は明治21年(1888年)に、千葉県松戸市に住む13歳の中学生だった松戸覚之助が、親類の石井佐平氏宅の裏庭のゴミ捨て場で、偶然発見しました。
 松戸少年はその梨の木を持ち帰り、父が経営する梨園「綿果園」で育ててみると、それより10年後の明治31年に、最初の梨の実を結ぶに至りました。
 その梨は、豊かな丸みを帯びて形がよく、薄い緑色で美しいものでした。食べてみると、口の中にかすが残らず、今までのものにはない甘さがあり、みずみずしい汁気たっぷりの梨でした。
 これが「二十世紀梨」の誕生となったのです。

 梨の命名はさらにその後となり、明治31年(1898年)に、渡瀬寅次郎氏によって「二十世紀梨」と名付けられました
 従来の梨とまったく違ったその梨の命名には、「二十世紀に王座を成す梨となる」という願いが込められています。
 当時は、西暦年号や世紀の概念がまだ無かったときでしたから、かなり異色で未来を先取りした名前だったといえるでしょう。
 これは、渡瀬寅次郎氏が、札幌農学校在学時代に「ボーイズ・ビー・アンビシャス(少年よ大志を抱け)」で有名な、クラーク博士の教えを受けたところが大きいと考えられます。
 その後、氏は日本初の農学士となりました。

 命名後より6年経って、明治37年(1904年)に、鳥取県桂見の旧家に生まれた北脇永治氏は、「二十世紀梨」の苗木10本をその育成者松戸覚之助が経営をするようになった「錦果園」より購入しました。鳥取県へ導入されたことから、「二十世紀梨」の普及が始まりました。
 いまでも当時購入した苗木10本のうち、3本が現存しています。その梨の樹は、鳥取市桂見の「とっとり出会いの森」で、見ることができます。
 そうしてこの樹は、鳥取県が1985年(昭和60年)に「鳥取二十世紀の親樹」として、県指定天然記念物となりました。
 「鳥取二十世紀の親樹」はいまでも実をならせており、この樹を親樹として苗木も作られています。

 二十世紀梨の原木である、千葉県の松戸覚之助の「錦果園」にあった梨の樹は、残念ながら第二次世界大戦で焼かれてしまい、昭和22年(1947年)に、59年の樹齢を持って枯死してしまったそうです。
 しかしその功績は讃えられ、鳥取県は鳥取市湖山町の旧果実会館横の「木の実神社(昭和16年津ノ井園芸試験地内に神社竣工、昭和48年に当地に移転)」に、その原木の一部を御神体として奉祀しています。
山口県秋芳町より秋芳二十世紀梨を産地直送。
梨の通販は「梨世紀」サイト。 秋芳梨の始まりは?
秋芳二十世紀梨は、第50回全国農業コンクールでの農林水産大臣賞の栄誉に輝いています。
 山口県秋芳町には明治37年(1904年)に、日本最大のカルスト台地である「国定公園 秋吉台」のふもとに初めて植えられ栽培が始まりました。
 このようにして山口県美祢郡別府村下嘉万の西村正一氏他2名の人が植えたのが、秋芳梨の始まりなのです。

 その当時の樹が、先の章でお話した今も現存して”長寿梨”と呼ばれる、二十世紀梨を実らせる樹としては、全国で最も古い梨の樹なのです。

 当時植えられた梨の樹は、今も「二十世紀梨の木」として現存しており、今も実をつけ、10年で300個、20年で700個、30年で1,000個くらいの梨を実らせています。

山口県秋芳町より秋芳二十世紀梨を産地直送。
<< 戻る次へ >> ページ .2 .
生産地特産品の秋芳二十世紀梨を特価にて。
copyright (C) 2005-2008 梨世紀 http://74seiki.net/ All Right Reserved.